グループワークやミーティング、課題を解いたり教えたり、無駄話や携帯電話、最近の図書館はみんなそれぞれ忙しい。図書館というのは静かさの代名詞としてはすでに通用しないのかと考えさせられる。その一方で、だーれもいない、めったいにいない空間で、蛍光灯のジーッという音を聞きながら、イスを動かすにも気をくばるような時間を過ごすのはよいものだ。
今日は後者の図書館へ行き、久しぶりの感覚を味わった。
筒井康隆だったろうか、あらゆる時間と空間に広告があふれる未来で、お金を出して静寂のつまったレコードを買い求めるという小説があった。静けさが特別なもの、というのはいつの頃からなのだろう。
希少なものに価値は生じるが、誰もがそれを必ずしも欲しがるわけではない。静けさはどうなんだろう。いま、欲しがってくれる人はどれぐらいいるんだろうか。どれほど「未来」に近付いているのだろうか。